1996年に2月27日に発売された「ポケットモンスター」シリーズ第1弾「ポケットモンスター
赤・
緑」に始まる最初の世代。
ゲームフリークの現社長の
田尻智が考案した『
収集』『
交換』『
育成』『
対戦』の4要素を含んだ史上初のゲームソフトは、
国内で「
赤・
緑」で822万本、「
青」が201万本、「
ピカチュウ」が316万本の累計1,339万本販売した大ヒットとなった。
ただし、『
対戦』の要素は開発終盤にゲームフリークや任天堂スタッフからの要望を受け、急遽通信対戦の機能が実装された。
田尻 通信でポケモンを交換できればそれだけでもいいと思っていたんですけど、それが実現できるようになると、次はやっぱり対戦をさせてみたくなるんですよ。
森本 対戦については、田尻社長は前からやろうと言っていたんですけど、僕はそれほど対戦の魅力を感じてなくて、むしろそんなプログラム組むのは大変だろうなぁと思わなくて(笑)。「間に合わなくてできません」ということになりそうだなぁとか思っていたんですけど、任天堂さんの方からも「対戦が欲しい」という意見がありまして、やっぱりみんなそう考えるのかと思ったんですよね。
〜中略〜
増田 結局、どんなゲームでもそうでしょうけど、バグが取れなくて苦しんだ場所っていうのが一番思い出深いところですね。それがこのゲームでは、最後の決断で通信対戦をがんばっていれたところだったんですよ。
森本 もともとが通信を前提とした戦闘を考えていませんでしたから、細かいところをすべて修正していかなければならなかったんですよね。
出典:アスペクト社『ポケットモンスター図鑑』より
開発当初は「通信対戦」のシステムは導入は想定されておらず、開発終盤に入って対戦システムを突貫工事で実装したため、
RPGとしては十分な難易度を持ったゲームバランスだったが、対戦ゲームとしては未熟であまりにも大味な対戦ばかりだった。
自社のヒット作を看板シリーズ化することを得意とする任天堂は、発売が幾度と延期された待望の続編「
金銀」発売まで、
看板番組の「64マリオスタジアム」の対戦放映と公式の全国大会の開催、対戦ツール「ポケモンスタジアム」の発売などの、
手厚いサポートによって「ポケモン」が対戦ゲームとして魅力のあるブランドとなる土台作りを行ったことで知られている。
ポケモン第1弾が世に出てから20年後の2016年2月27日「Nintendo3DS」の
バーチャルコンソールでの配信が決定した。